刃物全般において重要な「地金」作りについて
日本の伝統的な刃物作りにおいて、重要な作業の一つが「地金」作りです。地金とは何か?というと、刃を支える土台で、刃物の全体を構成するフレームの一つになります。現代的な刃物づくりでは然程重視されていませんが、この地金を、今も伝統的な手法により一から鍛えております。
地金作りには様々な手法がありますが、京小鍛冶 祥啓では、現代鉄か江戸時代から明治時代程度の和鉄を用いて地金の鍛錬を行います。特に特徴のある、日本原産鉄の鍛錬について触れていきます。
原料素材はもともと「砂鉄」
現代鉄は、「高炉」と呼ばれる施設を用いて、鉄鉱石を効率よく熔解し製鉄を行いますが、これが日本国内で利用されるようになったのは幕末の頃、岩手県にあった南部藩が水戸藩徳川斉昭の要請によって建造されたものなどが始まりです。
江戸時代末期から「反射炉」等を用い、大砲造りの為の製鉄技術が研究されてきましたが、なかなか上手くはいかず、佐賀藩にて程度の良い大砲が建造されるようになります。
国内における大規模な近代製鉄は、明治40年代、八幡製鉄所の操業からで、それ以前までは、小規模な高炉や反射炉、砂鉄と木炭を用いた「たたら製鉄」の延長線上の技術が日本国内の主な製鉄技術でした。
「砂鉄」というと、一般的には磁石にくっつく砂粒程度の粒子を想像しますが、本来は、花崗岩など火成岩に含まれる小石状のものです。これが風化して土砂として流出し、砕け散った状態のものが、砂状の砂鉄として知られるわけです。
古来から、山間部で採取された小石状の砂鉄「山砂鉄」が製鉄に利用されてきました。これを、山から切り出した木材を炭に変え、それを燃料に製鉄をしますが、鉄の熔解温度は1500度ちょっと、砂鉄は細かく、酸化鉄が主成分ですので、熔解よりも還元(酸化鉄の酸素を炭素と反応させる)を優先させて製鉄を行っていました。
大地主・大領主が居たころは、多くの小作人や農閑期に仕事の無い農業従事者を集め、山を崩し砂鉄を拾い、川底をさらって砂鉄を集め、木を切り倒して炭を作り、統治の中で製鉄は大きな役割を担っていました。
小石程度の砂鉄を拾い集めてきて製鉄が行われるのですから、その鉄は紛れもなく高価なものです。江戸時代、年間数十トン程度の生産量があったともいわれますが、鉄のリサイクルは、資源上重要なことでした。
現代、一般的な製鉄に利用されるのは、オーストラリア原産の鉄鉱石です。これは、太古の海に溶け出していた鉄分が植物プランクトンの排出した酸素と結びつき沈殿堆積したものだとされます。
一方「山砂鉄」は、火山活動などマグマの中で集積結晶化して酸化・風化し、地熱の中、様々な元素と結びつき、ゆっくりと冷え固まって今に至ったものです。
したがって、同じ鉄でも原料の鉄鉱石(蹉跌)は組成が異なってきます。
また、鉄鉱石は、石炭を燃料に強力な火力で完全に熔解させて還元し、製鉄を行っています。それを整形し、数日(原子的に見たら短期間)で冷却します。
砂鉄は、地中で極めて長時間かけて冷却された素材ですので、組成だけでなく、原子同士の結合が微妙に異なると考えられます。
さらに、近世までのヨーロッパの製鉄と比べても、日本の伝統的な鉄は、鉄を脆くする「リン(P)」「硫黄(S)」を意識的にか?含入する要素を減らし、産出する鋼の強度を高める努力を図ってきたものです。
リンと硫黄を排除されて生産される鋼(鉄)は、硬く鋭く、そして強いという特性を持っており、「研ぎやすさ」をも兼ね備えた、「刀」「刃物」を作るための素材として発展してきました。
対して現代鉄は、戦前は「鉄道」「蒸気ボイラー」「軍艦」、戦後は「自動車」「建築」を目的に製鉄されています。
古い日本産の鉄を利用する意義は、機械的強度の追求ではなく、人の手に収まる道具のとしての馴染み良さにあり、古代から「地金の鍛錬」という鉄のリサイクルは、日本刀作りから農機具まで、良い刃物を作るために必須技術でした。
日本産の鉄を利用する上での注意点・デメリット
刃物を作るために研究が重ねられてきた日本伝来の鉄ですが、デメリットもあります。
一番の問題は、成分が分からない事。古い時代の遺物を扱うにしろ、製鉄された玉鋼にしろ、「これは何?」と言うところから始まります。玉鋼なら、鋼材を砕き豆粒大にして、各々の硬さの程度を測ります。古い時代の遺物であれば、その材の中には「鉄」「鋼」「酸化鉄の塊」「ゴミ」などが含まれ、成分の状態を掴まなくてなりません。
製鉄業者から、それを用いて刃物などを作った鍛冶師、さらにそれをリサイクルして刃物や鉄器を制作した鍛冶師、これらの人々は、統一された科学知識を持ち合わせていたわけでもなく、技術力もバラバラ。製品に関しても、求める用途によって内容は様々。必然的に、そこには技量不足による欠陥、選択ミスなどがあります。
そして、古い時代の物であれば、必ず経年変異の劣化が見られます。当時はそれで十分だった強度も、経年変異による風化・酸化で内部に空壁が出来、それらは異物ですので鍛錬の邪魔になります。
例えば、現代的な単一構造の大きな金槌を、ヨキなどマサカリ状のものに、その構造を残したまま転用すると、打撃が反動という形で手に伝わり、手首を痛めやすくする構造欠陥を抱えるものが出来上がったりします。本来のマサカリの構造は、打撃は柄から刃へ、反動の衝撃は刃物の側面部を抜け、柄への衝撃は緩和される構造になっています。
[金槌とヨキの内部構造]
- 柄を振り下ろした際に発生する「押す力」は、 地金を通じて鋼へと集約される。
- 対象物を切断した際に発生する衝撃は、柔らかい地金で緩和され、そこそこ強度のある皮鉄に伝わり、分散する。 これを金槌では、ある程度、弾き返す力に変換しなければならないので、同じような構造物であるが、実際には内部構造が異なる。
- ヨキでは、割り込み・切断を目的とするので、振り下ろした力と衝突によって生まれる反動は、さらに、重力とともに切断する力へ戻され、「押し込むような切れ味」となる。そういう構造が作れていないと、「ブレる」「弾かれる」とクレームになる。
構造を理解することにより、そこにどの様な質の鉄が使用されているか理解出来るようになります。それが出来ないと、リサイクルは機能しません。
ただやみくもに古い鉄を利用すると、その目的を分かっていないと、出来上がったものに欠陥が遺伝したり、構造や素材面で好ましくないものが出来上がったりします。「これは何か?」を知るためには失敗を積み重ね、また、全国の民俗資料館を訪ね、先達の教えに学ぶほかありません。
地金の鍛錬
地金の鍛錬は、素材の欠陥を正したり、成分を調和・調整して最適化を図る事を目的とします。そのための基礎技術力が求められます。そして、地金の特性を目的に合わせ、刃物の内部構造を作る重要な作業となります。
伝統的な刃物づくりの難しさの一つは、鉄素材を理解し、明確に目的をもってその素材を作り分ける思考力を持つ事が求められ、形にしていかなくてはなりません。
その為に、一回一回、何度となく繰り返す接合作業で、一回でも失敗をしては欠陥品を生み出し続けますから、その接合精度を高めていかなくてはなりません。